下水処理場構造物の新たな耐震診断方法

1.はじめに

下水処理場は下水道システムの基幹施設であり、地震発生時においても、所定の安全性を維持することが重要です。現在、全国で多くの下水処理場で耐震診断が進められていますが、現行の耐震診断では、多くの部材がレベル1、2地震動に対して耐震性能不足となることが多く、その結果、耐震補強に多大な補強費用が必要とされています。また、水理面や設備配置、基礎構造の制約などから施工が不可能な箇所も多く、一方で、過去の地震でレベル1地震動以上の揺れを経験したが、大きな被害は無く診断結果との乖離が見られることもあります。

現在、下水道以外の土木分野では、『設計対象の持つべき性能を明らかにし、性能が満たされていることを工学的に妥当な手法で照査する』性能照査型設計法の導入や、地震時の応答や構造物の性能を適切に評価できる有限要素法(以下、FEMと呼ぶ)による解析などの高度な解析が増加してきています。特に水道事業では、耐震工法指針にFEM解析方法が取り込まれ積極的に実施されています。

当該地域の地震に即した耐震診断・耐震補強計画策定へ向けて以下の点に着目し、新たな設計方針を提案します。

  • 適切な目標となる耐震性能の設定。
  • 既存施設の耐震性能、当該地域に起こりうる地震動の適切な評価。
  • より合理的な耐震補強が行える解析方法を用いた耐震診断。
  • コストパフォーマンスに優れた耐震補強方針の検討。
提案する設計方針

1)性能照査型設計法の導入

2)高度な解析手法の導入

3)最新の耐震化技術を考慮した補強案の策定

4)段階的な補強計画の立案

2.性能照査型設計法の導入

下水道施設(処理場・ポンプ場)の構造物に求められるこれまでの耐震性能は、平成17年10月26日の国土交通省告示第1291号を基本とし、表-1に示す通り、レベル1地震動とレベル2地震動の2段階が定義されていました。

表-1 これまでの耐震性能のランク
耐震性能ランク 構造の性能
耐震性能1 (レベル1) 修復せずに本来の機能を確保できる性能
耐震性能2 (レベル2) 速やかな機能回復を可能とする性能

下水道施設の耐震対策指針と解説の2014年版が発刊となり、表-2に示す耐震性能2’が新たに記載されました。

表-2 新たに記載された耐震性能ランク
耐震性能ランク 構造の性能
耐震性能2’ (レベル2) 安全性を確保し、速やかに最低限の機能を回復できる性能

これまでの判定方法は、コンクリートの許容応力度もしくは終局耐力応力度に着目したものです。これに対し性能照査型設計法は、コンクリートの損傷状態に着目し、その損傷程度をコンクリートの曲げモーメント(M)と曲率(φ)の関係などから評価する手法ですので、より詳細な検討が可能なため、耐震性能2’の検討が可能となります。3段階の耐震性能と耐震診断の評価基準となる部材の損傷度を表-3の通り規定し提案します。また、図-1にM-φ曲線における部材の損傷度と耐震性能の関係を示します。

表-3 部材の損傷度合い
損傷度合い 部材の状態
損傷度 I 損傷はほとんどなし
損傷度 II 損傷は軽微で補修は容易
損傷度 III 損傷が大きく補修・補強に時間がかかる
損傷度 IV 破壊している

M-φ曲線と部材損傷度の関係

図-1 M-φ曲線と部材損傷度の関係

3.想定地震動の設定

性能照査型設計法では、診断に用いる地震動は、施設周辺の地震活動度、震源特性、震源から施設地点までの地震動の伝播・増幅特性等を考慮し、適切に設定することが大切です。診断で用いる想定地震動として以下の波形が考えられます。

表-4 レベル2地震の検討対象波形(例)
地震の型 地震波
直下型 (1) 当該地域の想定地震動
(2) コンクリート標準示方書の地震動
海溝型 (3) 当該地域の想定地震動
(4) 東北地方太平洋地震 (道路橋示方書H24)

4.高度な解析手法の導入

これまでの耐震診断で考慮されない地層や構造物の状況として以下のような項目があります。

これまでの耐震診断で考慮されない事項
  • 当該地域で想定される入力地震動の設定
  • 中間支持層や液状化層によって地震動が弱まる低減効果
  • 剛な基礎底版によって地盤の動きが拘束され構造物への地震動入力が損失する効果
  • 平面的に大きな地下構造物の特性によって生じる振動エネルギーの低減効果(地下逸散減衰)
  • 柱と梁と構造壁が一体となった地震力の分担効果
  • 建物のねばり(構造物の塑性変形)効果
  • 液状化発生後の残留変位による地盤変位が杭に与える影響
  • 液状化した砂質土が杭と杭の間をすり抜けて杭に作用する地震力を低減する効果
  • 地下構造物周辺の側面土が地震力を分担することによる杭への地震力の低減効果(構造物の根入れ効果)

これらの項目を解析に取り込み、且つ、前述した耐震性能を評価できる合理的な解析手法としてFEM解析による耐震診断を提案します。しかし、FEM解析には様々な解析方法があり、地盤条件、構造物の特性にあった解析方法を選定することが重要です(表-5参照)。

表-5 FEM解析の分類
解析モデル 解析方法
外力の作用方法
  • 静的解析
  • 動的解析(時刻歴応答解析)
砂地盤の液状化
  • 全応力解析
  • 有効応力解析
地盤と構造物の剛性
  • 線形解析
  • 非線形解析
構造物のモデル次元数
  • 2次元モデル
  • 3次元モデル
地盤及び杭と構造物の関係(連成モデル)
  • ばねモデル
  • 一体系モデル

FEM解析では、適切なパラメータの設定が大切であると共に構造物の特性に合い、解析精度と作業性のバランスがとれていることが重要です。解析手法は、地盤と杭・構造物を一体的に解析できる“3次元非線形動的解析”が理想ですが、実用的なモデルでは規模が大きくなるほど節点数などに制限を受け、要素を粗くしたり、非線形性を犠牲にしたりすることがあります。そのような課題への対応として、2次元時刻歴応答解析と3次元静的解析(プッシュオーバー解析)を組み合わせて評価する手法なども提案しています。

5.耐震補強計画

各部材の損傷レベルの判定は、柱・梁のM-φ曲線の最大曲率および構造に発生する最大せん断力をもとに、部材の耐震性能(損傷レベル)の判定を行い、耐震補強の必要性・優先度・規模を検討します。最新の耐震化技術を考慮した補強案を策定し、優先度などから段階的な補強計画を立案し提案します。

6.段階的な補強計画の立案

日水コンでは、学識経験者に解析手法、モデルの適正、工学的判断の妥当性を評価して頂くことも可能です。